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AIで仕事が速くなるのに、なぜ疲れる?◆コグニティブロード管理:心が軽くなる「余白の生産性」

【第1章】なぜ今、この悩みが増えているのか

AIを使えば、作業は確かに速くなります。
それなのに、なぜか脳だけが重くなる日があります。

画面には、要約、案、改善案、追加案が並びます。
読めば読むほど、判断の分岐が増えていきます。

「どれが正解?」が増えると、心は静かに疲れます。
これは怠けではなく、脳の仕様に近い現象です。

最近は企業調査でも、導入が進んでも効果実感が伸びにくい、という話が出ています。
日本では「期待を上回る効果」の割合が低い、と指摘されています。

さらに「AI導入で組織の生産性が逆に低下するかも」という論点も語られています。
つまり、ツールが増えるほど、設計の難易度が上がるのです。

情報過多が意思決定や生産性を落とし得ること自体は、以前から研究レビューでも整理されています。
問題は「量」だけでなく、「切り替え」と「評価」が増えることです。

ここで起きているのは、AIのせいというより、仕事の形の変化です。
昔は「作る」負荷が中心で、今は「選ぶ」負荷が中心になりました。

AIが増やしたのは、時間ではなく“判断”だった。
この一文が、今のしんどさの核心に近いと思います。

そして安心してほしいのは、ここです。
あなたが弱いからではなく、脳が満員電車になっているだけです。

この話の土台は、教育心理学者ジョン・スウェラー(UNSW)の認知負荷理論です。
人のワーキングメモリには限界があり、負荷が増えると質が落ちやすい、という見立てです。

次章では、この「認知負荷」を高校生でも分かる言葉にほどいて、
AI時代の“新しい仕事の基準”として再定義していきます。

 

【第2章】心理学的に何が起きているのか

AIの情報洪水で疲れるのは、気合い不足ではありません。
脳の「作業台」が小さく、すぐ満席になる仕様だからです。

この作業台は心理学でワーキングメモリと呼ばれます。
いま考えていることを一時的に置く、頭の中の机です。

たとえば会話中に相手の言葉を保持しつつ、返事を組み立てます。
この「保持」と「操作」を同時にやる場所が作業台です。

ワーキングメモリ研究で有名なのが、アラン・バデリーです。
認知心理学・認知神経科学の文脈で、作業台をモデル化しました。
バデリー(ヨーク大学)は中央実行系などの枠組みで説明します。

そして重要なのは、作業台には「容量の上限」がある点です。
容量を超えると、理解より先に「混線」が起きやすくなります。


次に、今回の主役である**認知負荷(Cognitive Load)**です。
これは「作業台にどれだけ負担が乗っているか」という概念です。

この考えを理論にしたのが、教育心理学の認知負荷理論です。
中心人物はジョン・スウェラー(ニューサウスウェールズ大学)です。

認知負荷理論では、負荷を大きく3種類に分けて考えます。
ここが「コグニティブ・ロード管理」の設計図になります。

  1. 内在的負荷(Intrinsic):課題そのものの難しさの負荷です。

  2. 外在的負荷(Extraneous):無駄な情報や形式が生む負荷です。

  3. 学習関連負荷(Germane):理解を深める良い負荷のことです。

スウェラーは「要素の絡み合い」が負荷を決めると整理しました。
要素同士が絡むほど、作業台は一気にパンパンになります。

また、認知負荷理論を実証面から育ててきた研究者に、
フレッド・パースがいます。
パース(エラスムス大学)は、学習設計と負荷制御を研究しています。


ではAIは、どの負荷を増やしているのでしょうか。
結論から言うと、まず増えやすいのは外在的負荷です。

候補が10個出ると、読む・比べる・捨てるが発生します。
これは「課題の本体」ではなく、「選別の事務」です。

さらにAIは、作業を細切れにし、切り替え回数を増やします。
ここで起きるのが**注意残渣(Attention residue)**という現象です。

組織行動研究のソフィー・ルロイは、仕事の切替で注意が残ると示しました。
未完了のタスクが頭に残るほど、次の集中が薄くなるという話です。

そして、選択肢が多すぎると「やる気」自体が落ちることもあります。
これは**選択過多(Choice overload)**の研究で語られます。

心理学者シーナ・アイエンガー(コロンビア大学)と
マーク・レッパー(スタンフォード大学)は、
選択肢が多いほど選べず、行動が減る状況を報告しました。

最後にもう一つ、AI時代に見落とされがちな負荷があります。
それが「決め続ける」ことで起きる決定疲れの問題です。

決定疲れは、自己制御が消耗するという見立てから語られます。
この流れはロイ・バウマイスターらの自己制御モデルと結びつけて議論されます。
ただし一部は議論が続く領域でもあるため、ここでは研究傾向として扱います。


ここまでを一言でまとめると、こうなります。
AIは「作る負担」を減らし、「選ぶ負担」を増やしやすい。

だから必要なのは根性ではなく、負荷の種類ごとの整理です。
それが、この先の章で扱う「コグニティブ・ロード管理」です。

 

【第3章】最新研究(論文)紹介

ここからは「新基準」を、論文で固めます。
感覚論ではなく、設計の根拠にします。


研究1:GuideAI(2026|Plaksha University)

研究者はShuklaら(HTI Lab)です。
分野はHCI×教育工学×生体センシングです。
発表元はPlaksha University(インド)です。

N=25で、LLM学習を「状態に合わせて」変えました。
視線・心拍変動・姿勢・メモ挙動を使います。
過負荷なら情報を分割し、呼吸や姿勢も介入します。

結果は、NASA-TLXで認知負荷が一貫して低下です。
努力感・苛立ちが下がり、自己評価の達成感が上がりました。
つまり「内容」だけでなく「出し方」が負荷を決めます。


研究2:AI Margin Notes(CHI ’26|University of Waterloo)

研究者はJoshi & Vogelです。
分野はHCI×読解×LLMインタフェース設計です。
発表元はUniversity of Waterloo等の研究チームです。

LLMを別チャットに隔離せず、本文の余白コメントに統合します。
3つの実験で、読解→2時間後に理解テストを行いました。

重要な結果が2つあります。
1つ目は「統合型(余白)」が好まれたことです。
2つ目は、AI関与が強いほど所有感が下がったことです。

そして意外にも、AI関与の度合いで理解度は有意に変わりません。
だからこそ「速さ」より「主体感」の設計が生産性を守ります。


研究3:Your Brain on ChatGPT(2025|EEGで“認知的負債”を検討)

研究者はKosmynaらです。
分野は神経計測(EEG)×学習×人間-AI協働です。
ChatGPT使用が思考の使い方に与える影響を見ています。

参加者は条件別に、エッセイ課題を複数回行いました。
EEG・インタビュー・文章分析で差を追跡します。

結論は強い断定ではなく「警告」に近いです。
外部支援が増えるほど、脳内の結合パターンが弱くなる傾向です。
また本人の“文章の所有感”や引用の正確さにも差が出ました。

※これはプレプリントで、限界も明記されています。
だから「怖がる」より、「使い方を設計する」が正解です。

 

【第4章】東洋哲学はどう捉えていたか

AI時代の認知負荷は、足し算で崩れやすいです。
東洋は昔から、引き算で心を整えてきました。

ここでは「がんばれ」ではなく、見方を変えます。
あなたの脳に、余白の権利を返す章です。


1)禅:道元の「身心脱落」は、情報の“脱ぎ捨て”に近い

禅の言葉に、**身心脱落(しんじんだつらく)**があります。
道元(1200–1253)が重視した表現です。

直訳に近い意味は、身と心を脱ぎ落とすです。
よけいな力みや執着が、ふっと外れる状態です。

これをAI時代に訳すなら、こう言えます。
「全部わかろう」を、今日だけ降ろしていい。

AIの出力は、全部が“正解候補”に見えてしまいます。
その瞬間、外在的負荷が雪だるまになります。

禅が勧めるのは、情報を増やすより先に、脱ぐことです。
つまり、読む量ではなく、抱える量を減らす発想です。


2)論語:評価軸を一つにする知恵

論語に、北辰のたとえがあります。
徳で治める者は、北極星のように定まる、という話です。

北極星は動きません。
周りが回っても、中心だけは静かです。

AI時代の実務に置くなら、北辰はこう変換できます。
**「今日の判断基準を、一文で決めておく」**です。

もう一つ、論語の有名な句があります。
不患人之不己知、患不知人也

「知られないことを患わず、知ろうとする」という骨格です。
これは承認欲求を叱る言葉ではなく、視点の移動です。

AIの提案を追うほど、他人の正解が増えていきます。
そのとき役立つのが、北辰=自分の基準です。


3)武の道:武蔵の「水」は、形式より“芯”を守る教え

宮本武蔵の『五輪書』は、戦いだけの本ではありません。
状況の見立てと、迷いの減らし方の本でもあります。

とくに「水」の比喩が象徴的です。
水は器に合わせますが、水そのものは失いません。

これをコグニティブ・ロード管理に訳すなら、こうです。
「形は変えていい。芯の問いだけは固定する」

AIに何度も質問を変えると、分岐が増えて疲れます。
芯の問いを固定すると、比較が減って脳が静かになります。


ここまでを、現代の言葉にまとめ直します。

東洋の要点は、答えを増やすより、迷いを減らすこと。
そして迷いは、才能ではなく、設計で減らせます。

あなたは情報に弱いのではなく、真面目なだけです。
だからこそ、余白は「甘え」ではなく、戦略です。

【第5章】まとめ(希望の余韻)

AIの情報洪水で疲れるのは、あなたの弱さではありません。
脳の作業台が、静かに満席になっているだけです。

ここからは、今日5分でできる「負荷の引き算」です。
道具はいりません。呼吸と問いだけで整えます。


5分でできる「コグニティブ・ロード管理」ミニ儀式

① 北辰の一文を決める(60秒)
いまの仕事で、何を最優先で守るかを一文にします。
例:「今日は“正確さ”より“前に進むこと”を守る」。

この一文があるだけで、AIの候補は急に減ります。
選ぶ基準が一つなら、比較の窓が閉じていくからです。

② AIに聞く前に、問いを固定する(60秒)
問いを増やすほど、分岐が増えて脳が散ります。
だから先に「芯の問い」を一つ決めて固定します。

例:「この文章を“伝わる一段落”にするには何を削る?」。
追加質問は、原則として一回だけにします。

③ 出力は“3行だけ”読む(60秒)
長文を追うほど、外在的負荷が膨らみます。
最初は3行だけ読み、「使う/捨てる」を決めます。

読み切る前に選ぶのがコツです。
全部読むのは、判断を後ろ倒しにするだけです。

④ 身心脱落の30秒(30秒)
選んだ直後に、息を一つ深く吐き切ります。
「全部抱える」を、そこで一回脱ぎ捨てます。

この30秒で、注意残渣が少し流れていきます。
あなたの集中は、努力より“区切り”で戻ります。

⑤ 最小の一手に変換する(90秒)
最後に「次の一手」を、10秒で終わる形にします。
例:「冒頭の一文だけ書き換える」「見出しだけ直す」。

人は“大きい正解”より、“小さい前進”で回復します。
生産性は、気合いではなく再開のしやすさで守れます。


もう一度、要点だけを

AIは、作る負担を減らしてくれます。
その代わり、選ぶ負担が増えやすくなります。

だから新基準は、「速さ」より「余白の設計」です。
余白は甘えではなく、思考を守る技術です。

あなたは一人で旅をしているわけではありません。
同じように迷い、同じように整え直す仲間がいます。

次に知りたくなる問いを、一つだけ置いて終わります。
あなたの仕事にとっての“北辰の一文”は、何ですか。

 

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