『小さな武士たち』に込めた想い

心の成長と魂の覚醒。未来の子どもたちへ贈る物語。


4人の子どもたちと共に歩んできた日々から、生まれた想い。

子育ては、喜びと発見に満ちた、かけがえのない時間です。
けれど、その毎日が、いつも笑顔ばかりだったわけではありません。

子どもの成長を願うからこそ悩み、時には厳しく接しすぎたり、思いがうまく伝わらなかったり。
仕事と家庭の両立に奮闘しながら、何度も迷い、失敗し、試行錯誤を繰り返してきました。

子どもたちは、それぞれに個性があり、得意なことも、苦手なことも、成長する速さも違います。
同じ言葉でも、勇気になる子もいれば、重荷に感じる子もいる。
親が良かれと思ってかけた言葉が、必ずしも子どもの心に届くとは限りません。
そんな日々を通して、私は大切なことを学びました。

人には、それぞれの成長していく、歩幅がある。
そして、親もまた、子どもと共に学び、成長していく存在なのだと。

子どもを育てているつもりが、いつの間にか、私自身が子どもたちに育てられていたのです。
この気づきは、40年以上にわたるスポーツ・武道の経験、指導者としての歩み、メンタルコーチング、
心理学や東洋哲学の学びとも、深く結びついています。

心の中の「鬼」と、共に生きる

人は誰でも、迷い、不安になり、時には自信を失います。

大人も子どもも、心の中にさまざまな「鬼」を抱えながら生きています。
それは時に、不安、怒り、怠け、動けない、欲、迷う心になって現れるのです。

それらは、決して私だけ、あなただけ、特別な誰かだけが
持っているものではありません。だからこそ、私は思うのです。

心の中の鬼を、力ずくで倒すことだけが、成長ではないのかもしれない。

自分の弱さに気づき、その気持ちを理解し、
少しずつ、心と体を整えていく、調和に導く、和の精神。

時に癒される事で、失敗や敗北の体験が、人生の厚みと学びになる。
自ずからまた、立ち上がる武の勇気が生まれてくる。

だからこそ、自分と違う誰かの気持ちに、少しずつ寄り添えるようになる。
昨日できなかったことに、今日もう一度挑戦してみる。

その小さな積み重ねこそが、人を本当の意味で強く、そして
優しく育て、導いてくれるのではないでしょうか。

強さとは、決して弱さを持たないことではない。
弱さを知り、それでも自分らしい一歩を踏み出せること。

その想いから生まれたのが、

『小さな武士たち』 です。

霞ヶ浦に息づく、神々の記憶と武の魂

物語の原風景となる、霞ヶ浦。
果てしなく広がる空。水面を渡る風。大地に根を張る草木。

その水郷の地には、古くから語り継がれてきた、神々の物語(神話)があります。

鹿島神宮に祀られる武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)。
香取神宮に祀られる経津主大神(ふつぬしのおおかみ)。

二柱の武神は、古い伝承の中で、国の行く末に関わる大きな役割を担っています。
遠い神話の時代。出雲の稲佐の浜に、天から遣わされた武甕槌神が降り立ちました。

『古事記』には、神が剣を逆さに立て、その切っ先に座り、大国主神に国譲りを問いかけたと語られています。
また、『日本書紀』に伝わる神話では、経津主神も共に国譲りに赴いたとされます。

波が寄せては返す浜辺。天と地の間に立つ、一振りの剣。
その剣は、何を象徴していたのでしょうか。力か、支配か。

それとも、争いの先にある新たな秩序への問いだったのでしょうか。
神話に込められた意味へ思いを巡らせるとき、私は、武の道が現代の私たちに
問いかけるものを考えずにはいられません。

剣は、何のためにあるか

長い歴史の中で、剣は志と捉える事もできます。大切な何かをまもるために
志や使命を貫くために、意志の力の象徴として、己と向き合う強さとして、
本来、人を傷つける道具ではないのです。

柳生宗矩の『兵法家伝書』に説かれた、「活人剣(かつにんけん)」。
争いを鎮め、人々の命と暮らしを守るために、武の力をどう用いるのか

本当の強さとは、何だろう。

その剣に映るのは、倒すべき相手ではない。
恐れ、怒り、迷いを抱えた、己自身の姿。
そして、何のために生き、何を守るのかを問いかける、天なる意志。

剣を振るう前に、己を見つめる。
何を断ち、何を活かすのかを、問う。

己を知り、己を律し、人を傷つけるのではなく、人を活かす。
それこそが、魂に映る、神剣に宿る「活人剣」です。

聖徳太子の『十七条憲法』に伝わる、

「和を以て貴しとなす」という言葉。

和とは、ただ争わず、周囲に従うことではありません。
互いの違いを認め、尊重しながら、共に生きる道、志を探すこと。
そして武とは、相手を打ち負かすだけの力ではなく、
大切なものを守るために、自分を磨く道なのだと。

和の心が、武の力を導く。
武の勇気が、和の心を守る。

その二つが一つになったとき、剣は人を傷つけるだけの刃を超え、
自ずから戦わずして勝つ道が開け、人を活かす希望の象徴となるのでしょう。

日本の武の道に受け継がれてきた精神を、今という時代に、もう一度見つめ直したい。
そんな想いを、一つひとつの物語に込めています。

小さな武士たちが、未来へ届けるもの

主人公たちは、決して最初から強いわけではありません。
悩み、迷い、時には失敗しながら、家族や仲間、守護神獣たちとの出会いを通じて、
自分自身の心と向き合い、成長していきます。

その姿は、かつての自分自身でもあり、今を懸命に生きるすべての人の姿でもあります。

この物語を読んだ世界の子どもが、
「失敗しても、もう一度やってみよう」と思えること。

子育てに悩む、お父さんやお母さんが、
「完璧でなくても、一緒に成長していけばいいんだ」と、少し心を軽くできること。

そして、勝利を目指して競技に挑む若者や大人たちが、
「勝つために、本当に大切なものを見失っていないだろうか」
と、ふと自分自身に問いかけられること。

自分だけの正しさにとらわれず、相手への敬意を忘れず、仲間への感謝を胸に。
勝敗の向こうにある、人としての強さと優しさにも気づけること。

そして、いつか人生の壁にぶつかったとき、ふと物語の一場面を思い出し、
もう一度前を向く勇気を持てること。
そんな作品であってほしいと願っています。

勝つことだけが、人生の目的ではない。
成功も失敗も、人生というかけがえのない物語の一場面。

その経験から学び、いつしか自分の志に気づく。
心を整え、技を磨き、体を養い、学び続ける。

人を思いやりながらも、自分らしく生きる。
そこに、自然や宇宙との調和、そして和の心が育まれていくように感じています。

親から子へ、そして子から次の世代へ。
10年、20年、さらにその先の未来へ。

霞ヶ浦の風が変わらず水面を渡るように、この物語が誰かの心に寄り添い続けてくれたなら。
悲しみに暮れる夜には、そっと心を癒やす光となり。
迷いの中で立ち止まる日には、進むべき道を照らす小さな灯となり。

誰かを傷つけそうになったときには、己の心を見つめ直す
一振りの剣となってくれたなら。

一人ひとりの心に、小さな勇気の種を。
まだ見ぬ誰かを優しく包み込みますように。

遠い神話の時代から、これからの人達へ。
和の心と武の勇気が、時を越えて受け継がれていくように。
その祈りを、霞ヶ浦の風とともに

和の心と武の勇気を、未来へ

『小さな武士たち』原作・五軸八道 提唱者

アンディーノブ(安藤伸行)

小さな武士たち◆霞ヶ浦神話