第1章:トロリー問題についての研究の歴史
トロリー問題は、心理学と倫理学の分野で広く知られている思考実験です。
この問題は、倫理的なジレンマを示すために、フィリッパ・フットによって
1967年に初めて提唱されました。その後、ジュディス・ジャーヴィス・トムソン
によって1985年により広く認知されるようになりました。
トロリー問題は、あるトロリー(路面電車)が5人の人々に向かって進行している
という状況を想定します。あなたはこのトロリーの進行を別の線路に
切り替えることができ、その結果、別の1人の人が犠牲になるという状況です。
問題は、5人を救うために1人を犠牲にすることが許されるかどうかという
倫理的なジレンマを提起します。
この問題は、倫理学の3つの主要な学派、つまり義務論、徳倫理学、
結果主義の観点から、個々の道徳的判断や価値観を探求するための重要なツール
となっています。特に、この問題は、結果主義(最大多数の最大幸福を追求する)
と義務論(行動自体の道徳性を重視する)の間のテンションを浮き彫りにします。
◆トロリー問題に関連する心理学や脳科学の論文をいくつか紹介します。
- An fMRI Investigation of Emotional Engagement in Moral Judgment (2001年)
- 著者: Joshua D. Greene, R. Brian Sommerville, Leigh E. Nystrom,
John M. Darley, Jonathan D. Cohen - この研究では、道徳的判断における感情の関与についてfMRIを用いて調査
しています。道徳的判断には理性と感情の両方が重要な役割を果たすとされて
いますが、その神経基盤や相互作用についてはあまり知られていません。
この研究では、道徳的ジレンマ(トロリー問題など)を用いて、
道徳的判断の認知神経科学を研究しています。
- 著者: Joshua D. Greene, R. Brian Sommerville, Leigh E. Nystrom,
- The New Synthesis in Moral Psychology (2007年)
- 著者: Jonathan Haidt
- この論文では、道徳心理学における新たな統合について説明しています。
人間は自己中心的でありながらも道徳的な動機付けがあり、道徳は普遍的で
ありながら文化的に変動します。これらのような一見矛盾する事象は、
道徳的直感の重要性、社会的に機能的な(真実を追求するのではなく)思考の性質、
そして多様なコミュニティを生み出す文化的な慣習や制度との共進化といった、
いくつかの共有された原則によって解消されています。
これらの論文を簡単に説明すると、トロリー問題は道徳的判断を試すための
一つの手段であり、その判断には理性と感情の両方が関与しています。
また、道徳的な判断や行動は文化的な背景や個々の直感にも影響を受けます。
これらの研究は、私たちがどのように道徳的な判断を下し、それがどのように
私たちの行動に影響を与えるかを理解するのに役立ちます。
第2章:トロリー問題に関する最新の研究論文
- “Does My Driver Share My Moral View? Effects of Humanlikeness and Morality
in an Adapted Trolley Problem”(リンク)
この研究では、自動化システムが道徳的な決定を下す際に、システムの人間らしさ
がどのように影響するかを調査しています。結果は、人間らしいエージェントが
道徳的ジレンマにおいて人間と同様に信頼されるという先行研究とは一致せず、
ユーザーとシステム間の道徳観の共有が信頼の形成に重要であることを示唆しています。 - “Culpability and Penitence: The Intrinsic Morality of the Trolley Problem”(リンク)
この研究では、トロリー問題が道徳哲学の世界でどのように照らし出されるかを
調査しています。特に、ティーンエイジャーの視点からの研究が不足していると
指摘し、ティーンエイジャーが成人よりも強く功利主義的であることを示唆しています。 - “Partisanship and the trolley problem: Partisan willingness to sacrifice members
of the other party”(リンク)
この研究では、政治的な視点からトロリー問題を考察しています。具体的には、
政治的な所属によって、他の党のメンバーを犠牲にする意志がどのように変わるか
を調査しています。結果は、政治的な所属が道徳的な判断に影響を与える
可能性を示しています。
これらの研究は、トロリー問題が現代社会の多様な文脈でどのように適用され、
解釈されるかを示しています。それぞれの研究は、道徳的な判断がどのように
形成され、影響を受けるかについて新たな洞察を提供しています。
第3章:エンジニアや、経営者が活用するアイディア
トロリー問題は、エンジニアや経営者が道徳的な決定を下す際のフレームワーク
として活用できます。例えば、自動運転車の開発者は、車が事故を避けるために
どのような行動を取るべきかという道徳的なジレンマに直面しています。
これは、現代版のトロリー問題とも言えます。この問題を解決するために、
開発者は道徳的な判断をプログラムに組み込む必要があります。
また、経営者は、ビジネスの決定を下す際に、しばしば利益と倫理の間で
バランスを取る必要があります。トロリー問題は、このような状況を模擬
するための有用なツールとなります。経営者は、この問題を通じて、
自分の道徳的な価値観を明確にし、それがビジネスの決定に
どのように影響を与えるかを理解することができます。
第4章:アスリートや子育て、日常生活での活用
トロリー問題は、日常生活の中で道徳的な決定を下す際のフレームワークとして
も活用できます。例えば、子育ての中で、親は子供に対して道徳的な価値観を
教える必要があります。トロリー問題は、子供に対して道徳的なジレンマを
理解させ、自分自身の価値観を形成するための有用なツールとなります。
また、アスリートは、競技中にしばしば道徳的な決定を下す必要があります。
例えば、試合の結果を左右する可能性のある反則を犯すかどうかという問題です。
トロリー問題は、このような状況を模擬するための有用なツールとなります。
アスリートは、この問題を通じて、自分の道徳的な価値観を明確にし、
それが競技の決定にどのように影響を与えるかを理解することができます。
第5章:注意点
トロリー問題は、道徳的なジレンマを模擬する有用なツールですが、注意点もあります。
この問題は、現実の道徳的なジレンマを単純化したものであり、現実の状況は
もっと複雑であることを理解することが重要です。また、この問題は、
個々の道徳的な価値観を探求するためのツールであり、”正しい”答えがあるわけでは
ありません。それぞれの人が自分自身の価値観に基づいて決定を下すことが重要です。